
このサイトの全ての文章の無断転載を禁じます!!道徳授業「わたしのいもうと」(下)
著者 Aoki
2000年 月 日(水)産経新聞静岡版”学びと教えの現場から”掲載
道徳授業「わたしのいもうと」(下)
絵本『わたしのいもうと』を題材に道徳の授業を行った。
いじめが無くなって欲しい,という子供の願いとは裏腹に「いもうと」は死んでしまう。いじめがいかに人を傷つけるかということを知り,子供たちはショックを受けた。
いじめを自分たちの問題として考えさせるためには,さらなる問いが必要だった。
「クラスの誰かにいわれたり,されたりしていやだなぁと思ったことはありますか? 相手の名前を出さなくてもいいのです。」
なかなか手が挙がらない。躊躇しているのがわかる。あせらず静かに待った。すると,そっとひとりの子の手が挙がった。指名する。
「朝,教室に入ったとき,知らんふりされたことがある。仲間はずれになったみたいで,とてもいやだった。」意を決したように,一気にしゃべった。教室の中には,当の相手がいる。発言には勇気が必要だっただろう。「知らんふりされて,つらかっただろうね。」の言葉に,うんとうなずいた。
ぽつぽつと発言が続く。
「ちびっていわれた。」「汚いって言われた。半泣きしそうになっちゃった。」「けられたりすることがある。」「悪口をいわれたり,つねられたことがある。」
『わたしのいもうと』にあるようなひどいいじめはないにしろ,いやな思いをさせられた子は少なくなかった。
「この前行ったアンケートに『友だちに悪口をいわれたり,いやなことをされたりして,学校に来たくないなぁと思ったことがありますか。』という質問を入れました。その結果がこれです。」と説明し,グラフを黒板に貼った。「はい」と答えた子がクラスの半分以上いた。
「えっ」という小さいけれどはっきりした声が聞こえた。子供たちの驚きが声になって出たのだ。
学校に来たくないと思ったことのある子がそんなにいるとは,誰も予想していなかった。(これは,担任である私も同じだった。)
「たくさんいるのですね」というような解釈を入れず淡々とグラフの数字を読んだ。そして,問いを続けた。
「もし,あなたがばかといったり,ひっぱたいたりしたために,友達が学校に出て来られなくなったらどうしますか。」
考えをノートに書かせた。すぐに書き出す子,なかなか鉛筆を持とうとしない子,それぞれの表情は皆,真剣だ。
しばらく時間をとった後,静かにたずねてみた「読んでみてくれる子いますか。」
何人かが手を挙げた。二例を紹介する。
「その子の家に行って,何回もあやまる。もういじめないよっていう。学校へ行くときも,毎朝むかえに行く。できるだけ仲良くして,やさしい目で見てあげる。傷ついた心をなおしたい。学校でも,いっしょに遊んだり,勉強のわからないところをいっしょに考えたり,教えてあげる。」
「わたしは,友だちにバカといったり,ひっぱたいたりしたことがあります。 そのことで,友だちが,学校にこなかったら,さびしいと思います。今度から,ともだちにバカといったり,ひっぱたいたりしないようにします。」
この授業を行ったのは,クラスの中にいじめがあったからではない。元気な三年生ゆえ,ついふざけてひっぱたいたり,いじわるをいったりすることがあった。「気づかないうちに相手を傷つけてしまうことがある」ということを知って欲しかった。
ほぼ同じ形で学年の全学級で授業を行った。
一週間ほどしてから,クラスの子がそっと話してくれた。
「先生,昨日ね。二年生の時同じクラスだったAちゃんがね。去年いじめてごめんねって言いにきたんだよ。」